しばらく前の日本経済新聞のコラムです。掲載日のメモがないので記憶はあいまいですが、2~3年前の1月のものかもしれません。今読みなおしても共感できるので、引用しご紹介します。
「今年こそは、と思うがたいてい果たせず、正月が来ると再度念じる。要するに反省が足りない、学ぶ姿勢に欠ける。
北野生涯教育振興会という財団が毎年懸賞論文を募り、入選作品を編んで出版している。昨年の課題は『光―照らす、心・人生・時代』だった。人は必ずしも良いことばかりを学ぶわけではない。怠け、ごまかし、人を呪う術を身につけるのも学習の成果だ。しかし、えり抜かれた作品を読むと、学びの価値が素直に伝わってくる。
老若男女、いつでもどんなことからも学ぶことができる。学ぶ場所も学校や大学とは限らない。何気ない日常生活に学んだ経験をつづる作品のほうにむしろ共感を覚える。教えられて学ぶのではなく、空気のように当たり前だった生活の中に、埋もれていた人生の宝を発見する。学びは、日常を大切にする人に訪れる、自ら“気付く”瞬間であり、目が啓かれる経験に他ならない。
『磨かずば 玉も鏡もなにかせむ 学びの道も かくこそありけれ』
同財団の北野重子理事長が入選作品集のあとがきで昭憲皇太后の御歌を引用し『生涯教育の実践はまさに手中の玉を磨くこと』と結んでいる。この歌はお茶の水女子大学の校歌でもある。
凡庸であれ、磨けば、世間の実像を映し出す鏡に、多少なりともなりえよう。今年こそ。」
[ 更新:2008-10-12 11:25:38 ]