コミュニケーションのポイント―その1

一緒に聞いても、同じものを読んだとしても、理解は同じとは限らない

1.一緒に聞いても、同じものを読んだとしても、理解は同じとは限らない
 理解するとは、内容や意味をはっきりと分かり、自分のものとすることだ。残念ながら中途半端な理解で仕事が進められ、「なぜこうなるの?」という場面に遭遇された経験を多くの人が持っていると思う。中途半端な理解となる理由には、次のようなものがあるだろう。
@人の話を良く聞いていない。
A内容を深読みしない。表面的に受け止める、あるいは聞き流す。
B早とちり、早合点、早飲みこみ、あわて者の性格。
C内容の本当の意味が理解できないという理解力や認識力の不足。専門知識を必要とする場合には、レベル差のある人が一緒に仕事をすると、このことによる問題(専門用語=言葉が通じない)が起きやすい。
 
 人間の意思疎通では、100%理解されるということは少ないものと私は感じている。ということは相手に「理解された分」にプラス「納得された分」が伝達されたこととなり、実行される可能性が高いということだ。理解されず、納得もされないことは、伝達が不十分で、実行もされないと思っている方が賢明だ。「コミュニケーションを取る」と言葉でいうのは簡単だが、問題の絶えない職場では、ツーカーと伝わる相手と場面は限られるだろう。
 それゆえ、自分が聞く側に回る時は、相手の話や人間性を理解するように努めたいし、自分が話す立場では、相手にとって理解されやすいように、相手の反応を見ながら話をしたい。分かってあげたいという気持ちと、分かって欲しいという相互の気持ちの歩み寄りが大事だ。人と接する仕事に就いている以上、常に伝える力を高める、あるいは伝えるスキルを磨き続ける努力と工夫が求められる。
 
 会議や勉強会でいつもと異なるメンバーが加わるとき、説明や意見を述べる私に対し、突如として「初心者が分かるように教えるべきで、教えることなく話を進めるのは、専門職として不親切で配慮がない。」と意見されることがある。新しい人には確かに配慮は必要であり、有難い指摘と受け止める。その後何回か会合が繰り返されても、同様の発言を不定期に同じ人がすることに気づいた。その人は、タイムリーに「今の説明や話が分からないから、分かりやすく説明をして欲しい。」とは言わない。コミュニケーションは相互の配慮のバランスがとれなければ深まらない。

2.理解するには心をこめて「聴く」
 まず相手の話を、一所懸命聞こう。全身を耳にして聴こう。真剣に聴くにはかなりの集中力が必要で、聞き終わると本当に疲れるし、場合によってはストレスにもなる。真剣に「聴く」ということはそれだけの努力とエネルギーが必要だ。
 現実の場面では、多くの人が「忙しいから」「時間がないから」「素人だから」などと言って「もっと簡単に」「手短に」「要領よく」「さわりでいいから」「初心者レベルで」と申される。それをまともに受けると、「舌足らず」「寸足らず」「乱暴にはしょった」説明しかできないこととなる。言葉が足りないのだから、後日「話が違う」とか、かみ合わないこと、食い違うことが起きる。とりわけ「私はこういう人間だ」「それは私には関係ない」というスタンスの人とのコミュニケーションは難しい。
 
 新人研修で必ず説明するように、@メモを取る、Aあいまいなこと、分からないことはすぐにその場で確認をする、B人の話を途中でさえぎらず、最後までしっかり聴くということは、年齢に関係なく実行したい。業績の芳しくない企業には、これらをしない(できない?)管理者やベテラン社員が多い。彼らは、「俺っていつもこうなんだよ。またやっちまたぜぃ。悪い、悪い、すまん・・・」を繰り返す。
              ・・・次回に続く。

[ 2009-02-02 14:50:39 ]


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