今の自分は、「遺伝要素+教育の要素+環境の要素」の結果!
好き嫌いがあっても、認めたくても認めたくなくとも、「遺伝の影響」は自分の姿形に色濃く表れていると思う。
何かの拍子に、父親そっくりになっている自分を感じる時がある。
仕事を通じて関わる経営者親子も、本当にそっくりと思う時も多い。
医学博士の江田証さんは「人は受精した瞬間に、先祖から荷物を引き継ぐ。遺伝性の病気もその一つ」(2009年の日本経済新聞だったと思う)とあり、読んで気持ちに引っかかり手帳にメモを取った。
次の「教育」も、家庭教育から始まる。食べる、排泄する、起きる、眠る、生活全般を躾けてもらう。
人との関わり方も我慢も学んでいく。親を通じ、働くこと、お金の稼ぎ方、お金の使い方、お金の貯め方も学んでいく。
時期が来ると、十数年に及ぶ学校教育に身を預ける。そして社会人となっての職務教育となって行く。
教えられ、自分を育みむ時期から、立場が変わり自分が教え、相手を伸ばすように変わってもいく。
「環境」も、家庭環境あり、地域環境あり、社会環境あり、経済環境もある。
誰もが影響を受け、影響を与えている。無意識の時もあれば、意識的に関わる時もある。
誰もがそう生きるより仕方がなった時もあるだろうし、自分が選んで自分の生き方を生きていることもある。
その選択が、主体的な意思の時もあれば、消去法もあれば、選択肢がなたった時もあるだろうが、最後は自分で決めている。
そう考えるなら、他人の生き方は全て一旦認める、受容するのが正しいのだろう。
特に家族の場合、成人した以上、自立した以上、責めることなくそっと見守ることがいいのだろう。
社会人としての個々人の力の差はどこから来るのだろう。
ある人は「気骨」により差が出るといっていた。気骨という言葉も、最近耳にすることは少ない。
私の辞書では「簡単に他人に屈しない意思や気概」が気骨であるとする。真に自立することで、「その人らしい気骨」が出来上がるのだろう。
[ 更新:2017-06-29 08:27:43 ]